理系・文系というルート分岐が人生において初めて登場するのは、おそらく多くの人にとって高等学校に入学した時ではないかと思います。
超有名進学校などでは中学生の時から受験対策として理系コースを設置しているところもありますが、ほとんどの人にとって「自分は理系か文系か」という適性を判断するのは高校に入学してからです。
そもそもとして「理系」「文系」というコースが存在するのは日本独自のもので、アメリカではそうした明確な区別はありません。
ヨーロッパにおいては「バカロレア」という段階的なコース制が古くから取られているので、10代のうちに自分の適性が決定づけられるのは日本の教育環境ならではの狭い常識であるということは知っておいてもらいたいです。
自分自身が「理系」か「文系」かということは明確に二分できるものではなく、言ってみれば黒と白の間のグレーの中でどちらかといえばどちらに寄っているかというようなものです。
ガチガチの理系クラスに進学をして医師やエンジニアとして就職をしてから、作家やコンサルタントのような文系の仕事も同時に行う人も多くいますから、あまり自分はどちらかという決めつけはしない方がよいでしょう。
理系に適性のある人と、文系に適性がある人との最も大きな違いは「曖昧さ」に対しての意識といえます。
理系科目を得意とする人というのは、論理的に物事を考察する能力に長けており原因と結果が存在しているときにその間にある構造を考えます。
言い換えれば物事に対して合理的な思考をすることができるということで、何らかの事象が起こったときに原因と結果がはっきりすることを求めます。
一方で文系に適性がある人というのは「曖昧さ」を曖昧なままで納得することができる人ということになります。
例えば自分が毎日乗っている自動車があったとして、突然動かなくなったということが起きたとします。
理系に適性がある人の場合、なぜ動かなくなったのかということを考え、そこからどういった方法で動かすことができるようになるかということを計画していきます。
文系に適性がある人の場合、まず動かなくなったということでどういった不利益があるかということを考えます。
そして誰に頼めば直してくれるかやいくら掛かるかといったことを気にして、そこからどういった方法で起こるべき問題を解決するかということを考えます。
極端な話ですがどうして動かなくなったかということにはあまり興味はなく、どうやったら自分の身に起こる不利益を回避できるかということが悩みとなるわけです。
自分が文系と理系のどちらに適性があるか、トラブルに見舞われた時にこそ自分を見つめる機会にしてみてください。